Marumogawa Machi 親子で挑む地域に残すものづくり

mamurogawa machi 真室川町 木地師 佐藤義英

木地師 佐藤義英 作業風景

木地師 佐藤義英 作業風景

 小さな集落にある小さな工房に、カンカンカンと鉄を打つ音が響く。今年十四歳になる老犬のミルは、大きな音も気にせず部屋の隅で寝ている。そんな光景を横目に佐藤義英は、細い鉄の棒を加工してろくろカンナを作る。木地挽き(※1)歴十二年。ろくろを回して器を作り、削るための道具も自ら作る。六十歳になる彼は、大工の棟梁を経て、木地師として活動している。
「いまさら木地挽きしても何もならねぇべや。と良く言われるんだけど、木地師が少なくなってるからこそ、これから面白くなると思うんだ。」
 全国的にも減少傾向にある木地師だが、義英は木地師としての人生に希望を抱いている。若い頃は、手に職がつくまで丁稚奉公し、大工として一人前になった。そして、平成十四年に町役場が主催した「器の学校」を受講したことで木地師の道を志した。町を挙げての取組みだが、元々器づくりが盛んだった歴史はない。真室川町に住みながら活動を続ける理由を、彼はこう語った。
「この辺でよく釣りをするんだけど、川の流れを見ていて思うんだ。こんなにきれいなところは他にない。別の場所に住むなんてことは考えられねぇ。ここに暮らしてるからこそ出来ることがある。」
 工房前の川のせせらぎが、真室川町の変わらない豊かさを奏でていた。この場所、この人だからこそ出来上がる器。ゆっくりと時間が流れるこの地方独特の雰囲気とは逆に、木地師までの道のりは険しかった。大工仕事の合間をぬいながら、木工芸の第一人者、時松辰夫氏指導の元でろくろに向かった日々を振り返る。
「製品として出せるようになるには、まるっきり同じ形を何個も作れるようになってからだ。と先生に言われたもんだから、その時は一生懸命ろくろに向かったよ。教わる事は何でも吸収しようという気持ちでやってた。」
 綺麗な木地を挽くために、同じ形の器を気が遠くなる程作り続けた。現在は、仲間に頼まれている大工仕事と、木地師の仕事を両立しているが、ろくろ漬けの日々はそう遠くないと言う。
「木地師としては、まだまだ経験が足りねぇ。もっともっと、ろくろを回していかねぇとな。息子の学(※2)は漆塗ってるんだけど、学と一緒に頑張るのも面白いと思ってる。ものづくりっていうのは奥が深いもんで、息子から木地のことを学ぶこともある。お互いに切磋琢磨して良い物を作っていきてぇ。」
 父は木地を挽き、息子が漆を塗る。真室川町に住む親子は、ものづくりの新たな物語を築いていく。

(※1)【木地挽き】 木地のままで盆・椀(わん)・玩具などの細工をすること。
(※2)【息子の学】 別ページ掲載の真室川町で活動する塗師・佐藤学(うるし工房学)

もがみ おがずの盃

〈制作者〉木地:佐藤義英/漆塗り:佐藤学/蔓の台:伊藤和江/藁の苞:伊藤和江
〈素材〉木地:最上のケヤキ、最上の漆/蔓の台:最上のあけびの蔓/藁の苞:最上の藁