Nagasawa Wara Kougei Aikoukai 長沢わら工芸愛好会

Funagata Machi 舟形町 長沢わら工芸愛好会 矢野哲夫 阿部太 八鍬朝吉

長沢わら工芸愛好会 作業風景
長沢わら工芸愛好会 作業風景

長沢わら工芸愛好会 作業風景

 昭和三十年頃の舟形町。当時は年功序列の社会で、若者の活動を応援をしてくれる大人達がいなかった。経済成長の真っ只中、目の前に有る事をこなす毎日。何かを学んだり、新しい事に挑戦できる環境がなかった。三十歳の八鍬朝吉は、未来の夢を当時農協職員であった冨樫市男に語った。
「俺たちが定年になった頃には、若い人たちの為に何かやるべや。」
 時間は流れ、大量な流通で物が簡単に入るようになった。暮らしは大きく様変わりし、朝吉は定年の歳になった。
朝吉「さぁ、俺だちの出番だな。」
 そう言って、市男と仲間を集め、始まったのが長沢親和会。若者や社会の為に、自分たちが出来る事をし、知っている事を惜しみなく伝えたかった。
子供達やその親達へ、藁細工や、凧揚げ、竹とんぼ作り、山での遊び方を教えた。国宝になった『縄文の女神』の発掘作業への協力など、幅広く活動し、三十年近く地域社会に貢献している。最近は、藁細工が得意な仲間だけで、『長沢わら工芸愛好会』という団体を作り、冬の期間に藁工芸教室を開いている。
朝吉「昔は、朝になると家々からトントン、トントンと藁を打つ音が聞こえてきたもんだ。今は、物が簡単に買える時代だから、道具を作る為に藁を干す農家もうんと少なぐなった。」
哲夫「みんな自分で藁仕事を覚えたもんだよ。何もねがったから、親がやってるの見で自分で作ったりしてたんだ。」
 雪で閉ざされてしまう冬に豊富な稲藁を使ってする手仕事が藁細工だった。山、川、気候が揃った最上地方の環境があり、暮らしに必要な道具を自ら作ってきた文化があったから彼らの技術が在る。現代では、藁を扱える人は貴重な存在だ。藁細工を教える人はさらに貴重な存在だ。
太「今の時代は、物がいっぱいあって便利だげど、自然の豊かさを知らない子供達は幸せなんだべかと思うことがある。風が草を揺らすの見だごどあっか?絶対同じ方向には揺れないのよ。草がいっぱい生えてるどごさ行ぐど分かる。風ってのは、気まぐれなんだ。」
 豊かさとは一体何なのか。その答えを彼らは知っているような気がした。
朝吉「今こうして作ってられんのも、色んな人のご縁があってこそなんだ。教えるっていうより、俺たちが楽しいから続けてられんのよ。来てくれるのが本当にありがてぇんだ。今でも色んな人と関われっから、俺は幸せ者だ。」
男達はみんな頷いた。無言の頷きと藁を打つ音が心に響いた。
もがみののし袋

〈制作者〉和紙:大場秀子/藁の水引:長沢わら工芸愛好会(阿部太・冨樫市男・八鍬朝吉・矢野哲夫)
〈素材〉和紙:最上の楮(コウゾ)、最上のノリウツギ/藁の水引:最上の藁