nagasawa washi hideko ohba 育てる事から漆を理解する

mamurogawa machi 真室川町 うるし工房学 佐藤学

うるし工房学 佐藤学 作業風景

うるし工房学 佐藤学 作業風景

 塗師、佐藤学。真室川生まれ、真室川育ち。大工の棟梁をする父(※)の元で育った。そんな父の影響もあり、子供の頃から手業を身に付けたいと思っていた。
 漆塗りを始めて十二年が経った。自宅前にある工房の一室に入ると、光が差し込む窓のそばに座る。
左手には器、右手には漆刷毛。もう一本、サイズの違う刷毛を口に咥える。たとえ部屋に人が入ってこようとも、一段落するまでは視線を器から外さず丹念に、そして真剣に漆を塗る。塗った器物を、漆室(うるしむろ)に入れ乾燥させる。乾いたらそれを研磨し、また塗り重ねる。それを何度も繰り返す。 「この辺の人には、俺は何をしてるのか分からない。と思われてるみたいなんですよね。」
 割り切った笑顔でそう話す。真室川町は、漆器づくりが盛んだったという歴史がないのに加え、一人工房にこもり、真剣な表情で黙々と塗る姿を誰も目にする事はない。彼を外で見かけるとすれば、短い夏の間だけ。梅雨〜夏の終わりにかけて、原付バイクを軽快に走らせ山へ向かう。
塗料の原材料となる漆の樹液を掻きに行くのだ。漆の樹にカンナで傷をつけ、ヘラで樹液を掻き取り、掻き壺に入れていく。それを何本も繰り返す。
「初めは、塗ることだけをしていたのですが、この塗料はどのようにして出来上がるのかという基本的なことを自分の体で理解したいと思うようになったんです。よく知ることで、自分の中での漆の価値も変わるような気がしたんです。はじめて漆を掻いたとき、ゆっくりと滲み出て来る僅かな樹液を見て、言葉にできない感覚になったのを覚えています。」
 樹が育つまでに十余年。漆を採るのは一年だけ。一本の樹から採れる量は、たった二百グラム程度。長年かけて育った樹は、数ヶ月の間に幾つも傷がつき、その年になると役割を終える。掻き終わった木は伐採され、今迄遮っていた太陽の光を近くに自生している漆の新芽へと届ける。そして自らは山の養分となっていく。
「掻き終えた樹を伐採すると、山は冬になっていきます。春になり雪が消えたら、土が見えてきて芽が出て来る。当たり前かもしれませんが、自然が無ければ人は生きていけないのです。漆という天然の素材に触れるようになってから、モノの有り難味を強く感じることが出来ています。」
 彼の仕事の背景には、漆の樹があり、生命を育む山がある。かけがえのない営みを知ったとき、自然の偉大さと素材の価値を体で感じることができる。天然の恵みを脈々と受け継いで来た豊かな山が漆を育てる。そして、人が掻き、精製し、塗る。その漆器は、誰かの元へと嫁ぎ、その人の暮らしの一部となる。毎日の食卓で繰り返し使われ、漆器の色味も変化し続ける。
「漆は、使えば使う程に、その人の手に馴染み、色の変化も楽しめます。塗膜が剥がれてきたら、塗り直すことで生まれ変わります。職人が手をかけたものは、技術と気持ちが込められていて、それが保証になってると思うんですよね。」
 学の想いは、漆と共に繰り返し繰り返し、塗り重ねられていく。

※)【父】別ページ掲載の佐藤義英。大工と木地師を両立して活動している。

もがみ おがずの盃

〈制作者〉木地:佐藤義英/漆塗り:佐藤学/蔓の台:伊藤和江/藁の苞:伊藤和江
〈素材〉木地:最上のケヤキ、最上の漆/蔓の台:最上のあけびの蔓/藁の苞:最上の藁