nagasawa washi hideko ohba 染入る寒さと八百年の歴史を漉く

funagata machi 舟形町 長沢和紙継承者 大場秀子

長沢和紙継承者 大場秀子 作業風景
長沢和紙継承者 大場秀子 作業風景
長沢和紙継承者 大場秀子 作業風景

長沢和紙継承者 大場秀子 作業風景

舟形町長沢の国道47号沿いにある「松原ドライ ブイン」。最上小国川の清流でのびのびと育った天 然鮎が食べられる場所として、地域の人や観光客に 親しまれている。約三十年間、この場所で食堂を営 みながら、地下の紙漉場で和紙を漉く女性がいる。舟形町長沢で生まれ、ずっとこの地で暮らしてきた 大場秀子は、長沢弁で小さい頃をこう語った。
「学校に通ってる頃は、藁で炭俵(※1)を作って 小遣い稼ぎしてたっけ。遊ぶ道具なんてなかったか ら、外で鬼ごっこしたりして遊んだよぉ。あの頃は、 共同の紙漉場があったから、そこによく遊びに行っ たもんだ。面白がって指で穴開けて怒られたっけ なぁ。」  八百余年の伝統を持つ長沢和紙は、最盛期(江戸 時代中期)には百戸以上の漉場があったという。藩 政時代には、領主への献上品や、御用紙、障子紙と して広く愛用されていた。そんな歴史を持つ長沢和 紙だが、現在和紙漉きの技を受け継いでいる者は たった一人、秀子だけ。一人で作業するには広過ぎ る地下の漉場は、寒の時期になると紙を漉く音だけが響く。小さな窓から差し込む光に照らされて、漉 き舟(※2)の水はキラキラと輝いていた。冷たい 水で手を真っ赤にしながら、漉き舟から何度も紙料をすくい上げる。そして、混ざった楮(こうぞ)を 一つ一つ取り除く。受け継いだ行程そのまま、丹念 に丁寧に一枚一枚和紙を漉く。
「一人だとやんだよぉ。数も作れないし、寂しいんよ。 今は、町の小学校の卒業証書のためにやってるよう なもんだぁ。雪が多くなると入り口が埋もれてし まって、ここには入れなくなるんだ。もう歳だから、 自宅以外の雪かきは辛いのよぉ。作る時期が短いも んだから、注文全部には答えられなくてねぇ。」
雪が積もると、松原ドライブインの入口には二 メートル程の雪壁が出来上がり、国道47号を通る 車からは、建物すら見えなくなる年もある。技術を 継承する者は未だ現れない。受け継ぐまでの道のり を阻むかのような雪壁が、この土地の冬の厳しさを 物語っていた。全国的に見ても、手漉き和紙は年々 減少の一途を辿っており、需要を満たす事ができて いない。ここ舟形町で新たな担い手が生まれるのだ ろうか。風前の灯火にさらされている長沢和紙は、 寒さの中たった一人で作業する彼女の強さと、八百 余年の歴史が漉かれている。歴史の重みは、否応無 しに秀子に託されている。
もがみののし袋

〈制作者〉和紙:大場秀子/藁の水引:長沢わら工芸愛好会(阿部太・冨樫市男・八鍬朝吉・矢野哲夫)
〈素材〉和紙:最上の楮(コウゾ)、最上のノリウツギ/藁の水引:最上の藁