もがみの暮らしは自然と暮らす

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MONO これからの時代に残す「もがみらしい」暮らしのもの

高度経済成長期以降、生活は物質的には豊かになりました。程なく、簡単であることや安さが求められるようになり、物は溢れ現代社会では暮らしの画一化が進んでいます。
圧倒的な大自然と、手から手へ伝えられた技術によって築かれてきた歴史や文化は、そこに暮らす人の記憶からさえ静かに消えようとしています。一方でそのことに気付き、昔ながらの暮らしを見直す人々も現れ、「もがみらしさ」とは何であるかを考え始めました。
これからのものづくりに大切にしたいこと。それは全く新しいものを生み出すのではなく、これまで築かれてきたものを土台にしていくこと。この地で育った素材を活かしていくことはもちろん、職人と職人を繋ぎ、風土とアイディアを繋ぐこと。それらにこだわって制作された作品は、めまぐるしい時代とは対極にあって、ゆったりと流れる時間が感じられるようなものとなりました。
職人たちの丁寧な仕事ぶりと、素材を育んだ最上地方の豊かさを知ることができます。作品のそれぞれは、これからの最上地方に受け継がれていくべき想いが込められたものです。

  • もがみののし袋
  • もがみ おかずの盃
  • もがみの箸留
  • もがみの弁当筒
  • もがみのおぼん
  • もがみのカトラリーセット
  • もがみの弁当籠
  • もがみのとっくりと盃

HITO もがみに寄り添い手仕事をつづけるヒト

最上地方は11月後半から翌年4月までの約5ヶ月間、雪に閉ざされます。雪深いこの地で生活していくため、昔から知恵や工夫を凝らし暮らしてきました。昭和初期の農村では、翌年の農作業に備えて俵や蓑などを藁で作り、作業で使う籠などを山で採れる木通(あけび)や山葡萄の蔓で作っていたのです。昭和8年に日本で初めての雪害研究の拠点として、農林省積雪地方農村経済調査所(雪調)が新庄市に設立されました。以降、雪調は雪国の農民の暮らしを向上させるために、各地で民芸運動を行っていた柳宗悦、河井寛次郎、浜田庄司、シャルロット・ペリアン等を招集。雪国の暮らしを調査する中で、この地で最も秀でたものは何かと考え、民具を作る農民一人ひとりが持っている加工の技術に着目しました。その技術を基に民芸品のデザインをし、農民たちの技術で制作された作品が残っています。当時の人々が器用で、ものづくりの心があったことがそれらから見てとれます。身近だった手仕事の風土は、今もなお人から人へと受け継がれています。